姑を送ったとき(ちょうど20年前)も、
なんでこんな”休んでも平気な絶妙なタイミング”をと思ったし、他の方からもそういうエピソードを聞くけど
私のカレンダーを先々迄見きってるとしか思えない、そして、日曜日の朝という仕事してる兄弟がすぐにこれるタイミングでいってしまった
すごいなあ母親というのは
あと、
私は着物の喪服は着ないよ(姑のときは着た)と母には言うてて、「なんでよ!」と怒られていたんだけど(妹は怒るから着ようよと言ってたが私はさすがにしんどすぎるよと反対してた)、
6月である
袷はムリ、絽もおかしい、
単衣は作ってもらってないのよぅ…つまり着られませんという言い訳が立つのよ
忖度してくれすぎやでお母さん
さらに、私がなんとなく選んだ地元の葬儀場がまことに対応良く、担当者が眉目秀麗なのに言葉も真心があって、価格もまともで、変な節回しの司会もなくて、ごく普通で本当によかった*1
日時も待つことなくうまく取れて、家に帰れたときも家からお別れするときも緑美しいい天気で、葬儀は涙雨で、空に上がるころには晴れた
むかしから運がいいというかもってる人だったけど、さいごまできっちりかたつけていきはったわ
そして、長嶋さんと一緒やとかいうてドヤってるような気がします
自然に眠ったようで苦しんだ様子はなく、着付けとメイクをしてくれた業者さんにもお肌がきれいですねと言われてた
お骨になったと思えない、着物とお花だらけでそのまま空に翔んでいってしまった気がします
悲しいけど、母のことを想う人に囲まれて、みんなに綺麗やといわれて、
きょうだい三人の連携がほんとに心強く、やっぱりうちは仲良すぎるのなと笑えるほどで、配偶者や孫たちの協力もとてもありがたかった
出来る限りのよいお葬式になったと思う
そう思えることで気が和らいでるとも思う
だけどやはり死というのはこわい
いつか自分にくるときこわがらずにいけるのかな
そういえば、姑は虎男と撮った写真、母は虎子と撮った写真が遺影になった、だから自然でいい笑顔なんよね、さて結婚の気配も無いうちの子達、孫と写真撮らしてくれる日は来るのか*2*3